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移住者の声

結の里 岩崎さんに聞きました

結の里 岩崎さん 移住歴15年

Q : 田舎に移住することになったきっかけはなんですか?

A : もともと神奈川県でサラリーマンをしていましたが田舎で農業をやりたいという思いから脱サラし、農業を始めました。しかしいきなり会社を辞めるわけにはいかないので、勤めながら毎週末地方の農家さんのお手伝いに通って勉強させていただきました。

Q : 十日町を選んだ理由は何ですか?

A : 十日町の農場、愛知の養鶏場、岐阜の果樹園と各地の生産者のもとで勉強してきましたがどこも優れているところ、厳しいところがあり、その条件の中で適応してきた人々の営みがありどこが一番いいという判断は自分にはできませんでした。最終的には幼少期を新潟市で過ごしていたご縁もあり同じ新潟県の十日町で就農することに決めました。

Q : 十日町で困ったことは何ですか?

A : なんといっても十日町は雪国なので冬の除雪作業が大変です。出勤前に玄関と駐車場回りの除雪は必須で30分ほどかかります。また、職場の施設内も除雪をしないと車が止められないため一時間ほど作業を行っています。就農を行う場合、秋から冬にかけては雪が降る前にビニールハウスの解体やマルチはがしをしなければならないため大忙しです。

Q : 十日町への移住を考えている方へアドバイスは?

A : やはり、雪に耐える覚悟がないとなかなか厳しいと思います。除雪作業はかなりの重労働ですがそれが年によっては朝晩毎日必要になります。当然ですが雪国以外で生活している人にとっては冬の除雪は必要ない仕事です。しかし、雪国の十日町では除雪作業は必ず必要でそれを怠ると場合によっては死活問題になります。


木和田原 宮原さんに聞きました

木和田原 宮原さん 移住歴3年

Q : 十日町にきたきっかけは何でしたか?
なぜ十日町だったのでしょうか?

A : 横浜で会社員として働いていて、29歳のときにふと「会社と運命共同体でいいのか?」「会社の中でしか生きられない人になっちゃうんじゃないか?」という思いがうかんできて、なるべく自分で生きていける力をつけたいと考えるようになりました。
 会社をやめて栃木の農業法人へ転職し、養鶏の勉強のために岐阜を訪れた際に偶然にも十日町との縁がつながりました。私が訪問する直前に先生のところに十日町の方が来ており、その方が「田舎で住みたいという人がいたら紹介して」と言っていたという話を聞きました。それがきっかけで十日町へ何度か行くことになりました。
 十日町には田舎のいいところが残っているというのが私の印象でした。正直なところ雪の降るところには行きたいくないと思っていたのですが、雪があるからこそ都会からのアクセスがいいのに田舎の良さがあるんだなと感じて、雪へのネガティブなイメージが逆転しました。田舎暮らしはしたいものの、当面の仕事が困ったなと考えていたら、十日町市で地域おこし協力隊を募集していることを知り、この仕事があれば移住できると思いました。
 8月に応募、9月に面接、11月から移住という強行スケジュールだったので、妻には負担をかけてしまいましたが、一緒に移住することができました。協力隊としての任期は終了しましたが、定住し、今は農業に関わる会社で研修中です。

Q : 来て見てびっくりしたことや困ったことは?

A : 雪は集落の方からうかがった話から、2階から出入りするのかな……など相当心構えをしていたこともあり、想像よりも生活に支障はなかったと思います。除雪の体制はかなり良いと思います。また、閉鎖的なところもあるのかなと思っていましたが、私が協力隊として赴任した集落は大地の芸術祭で都会とのつながりもあったり、棚田の撮影スポットとして外部の方が訪れるような場所だったので、すんなりと入っていけました。
 都会での生活ではたとえばどんな仕事をしているかとか、どのくらいお金を稼いでいるかというようなことがある種のステータスだったりしますが、こちらでは自分の家の仕事、畑の仕事の出来不出来で評価されるというのが大きく違うところだと思います。ある意味私生活でも気が抜けないというようなところがありますね。
 集落の方々とのコミュニケーションでは、喜んでるのに「困った」と照れかくしで言うなど、最初はわかりずらいなと思う部分もありましたが、今ではだいぶストレートに話ができるようになりました。ストレートに怒られることも次第に増えましたが、それはとてもありがたいし、認められたのかなと思っています。
 住んでみてわかったことですが、十日町にはけっこう移住された方がいらっしゃり、たとえば食品添加物の問題など、こちらではまだ浸透していないことを伝えようとしている人たちもいます。こうした方々とのネットワークが持てたのはとてもよかったと思います。

Q : 十日町への移住を考えている方へアドバイスは?

A:考え方の逆転ができると生活を楽しめると思います。たとえば、雪掘りは無料のスポーツジム、不便さはサバイバル能力のアップにつながるというような考え方です。自然の中で暮らしていると、生きていくための力がついていると感じます。
 一見無駄なことに思えても実際にはそうではなく、経験が積み重なっていくのだと思います。また、住む前にその地域の方にあっておく機会があれば、いろんなことを事前に知ることができます。さとナビサイトを通じてお問い合わせいただければと思います。


三省ハウス 飛田さんに聞きました

三省ハウス 飛田さん 移住歴6年

Q : 十日町にきたきっかけは何でしたか?
なぜ十日町だったのでしょうか?

A:茨城の出身で高校のころから美術に興味があり水戸芸術館へ通っていました。大学で美術の勉強をしていたときに、友人からの紹介で、大地の芸術祭のことを知りました。2000年にこへび隊というボランティアスタッフとして十日町に来たのが最初のきっかけです。
 その時は芸術祭イベントのポスターをはってもらうのも大変なくらいで、地元の方々も芸術祭についてよく知らないし、お客様もまだまだ少ない時でした。東京で学生だった私にとってこへび隊として活動する自分に対して、「飛田晶子」という一人の人間として扱われているという実感があり、東京での自分とは違う自分を発見したような感覚でした。当時の私は、こへび隊としての活動が面白くて、すっかり芸術祭にはまってしまい、大学卒業後の1年は就職をせずに2003年の芸術祭の時に半年間臨時職員として事務局としてこへび隊の宿舎運営をするに至りました。その後東京で就職し出版編集の仕事をしていましたが、以降も芸術祭自体のお手伝いはもちろんのこと、「棚田バンク」で農作業のお手伝いをやったり、震災で被災された地域のお手伝いなどを通じて、地域の方から野菜などを送っていただいたりするような関係ができました。その頃の体験がとても特別なもので、車で3時間ちょっとの距離にこれだけ違う価値観の生活があるんだということが私にはとても衝撃的でした。東京では、深夜まで残業をしたり忙しく過ごしていてそれはそれで楽しかったのですが、人と向き合うのではなくパソコンに向き合う仕事に漠然とした不安を感じていたんだと思います。その後、2006年の芸術祭ではひと夏厨房で働くことになるわけですが、それが移住して三省ハウスの仕事につくことにつながっていると思います。

Q : 来て見てびっくりしたことや困ったことは?

A:十日町は雪深い地域なので、特に冬の暮らし方の技術を習得するまでが大変だったと思います。どうやったら水道を凍らせないで冬を越せるか、屋根から雪をおろすときのやり方、雪道の運転などいろんな知恵が必要なんだと感じました。
 また、集落の営みの中で地域の方々が共有している暮らし方の基本のようなものがわからないことで、最初はすれ違いが生じてしまったこともありました。地域の方が教えてくださったことなのですが、集落の暮らしには「恩と礼」が大切なんですね。山間地の集落ではお互いに助け合うことで日々の生活が成り立っています。私からみると集落の方々みんなが家族のような関係に思えました。そこで大事になってくるのが「恩」。挨拶やありがとうという言葉だったり、感謝の気持ちをなんらかの形にあらわすということなんだと思います。また、集落の暮らしの基本ルールだったり礼儀作法であるところの「礼」もとても大切です。これも東京の暮らしの中では忘れてしまっていたこともあり、あらためて考えさせられました。

Q : 十日町への移住を考えている方へアドバイスは?

A:これまでの自分の暮らしや価値観と違う部分を「ああそうなんだなぁ。」と受け入れるようなやわらかさを忘れないことと、地域の文化に対する敬意をもつということかなと思います。自分が思い描いている暮らしとのギャップが少なからずあるかと思いますが、それもまたその地域の側面としてとらえていくような姿勢でいるとうまくいくのではないでしょうか。
 また、圧倒的な自然の力に対して、人間の力はとてもおよばないので、自然を受け入れ対応して生きている集落の人たちの生活サイクルや暮らし方をよく学んで、それぞれのライフスタイルを築きながら暮らしていけるようになるといいのだと思います。


竹所 カールベングスさんに聞きました

竹所 カールベングスさん 移住歴19年

Q : 田舎に移住することになったきっかけはなんですか?

A : もともとドイツの人の為に京都の茶室や東京の小さな民家を送る仕事をしていました。最初は東京に住んでいたけど1993年にたまたま知り合いのお米を買いに松代に来て、竹所の古い民家を紹介されました。
外はボロボロだったけど中身の材料は良かったし、場所も良いし、村の人も親切だったのでここで別荘を作ろうと思いました。そもそも外人だったので土地を買えるのかも分からなかったし、周りの人も親切心から反対しましたが、翌年家を造りました。
奥さんは世界中行っているし東京に住むことを考えていたので、竹所で土地を購入したことを言った時は、殺されるかと思いました。
でも初めて竹所に来た時は、すごく喜んでいました。電車で湯沢に降りると空気が違うし、景色もすばらしいし、とにかく楽しいと言ってます。

Q : 十日町で困ったことは何ですか?

A : 無いんですよね。雪は4メートルも降りますけど、村にはブルトーザーがあるし、雪を捨てる場所もあるので大丈夫です。街は隣接しているので、雪の捨てる場所に困りますね。村は困らないです。
冬でも竹所でパーティをやって人を呼びたいんですけど、駐車場が無くて困りますね。すぐ50台くらいになっちゃうので思案中です。
病院などの施設に関しても、近くの松代病院はサービスがすごく良いです。看護婦さんもお医者さんも親切で、ファミリー病院みたいです。それにきれいで設備もいいですよ。ドイツで設備の写真を見せたらびっくりされました。他に病院施設は少し離れたところに十日町や上越にも大きな病院はありますしね。

Q : 十日町への移住を考えている方へアドバイスは?

A : 便利なところばかり考えなくて、私は街より村に住んでほしいですね。雪の捨て場が無いと住みにくいですからね。都会の人はピンと来ないかもしれませんが、広い土地があれば良いことです。こっちは土地が安いですしね。
あとは別荘もいいですけど、たまに来るくらいだと家は痛むので、ちゃんとした家に住んでほしいです。使い捨ての家でなくてね。リフォームは自分でやってもいいし、人に頼んでもいいですからね。


赤倉 鶴田さんに聞きました

赤倉 鶴田さん 移住歴15年

Q : 田舎に移住することになったきっかけはなんですか?

A : きっかけは、田舎暮らしや農業がしたかったからでなく、化学物質過敏症になってしまったから。私が唯一生きていける場所が松之山だったの。外出した帰り道、トンネルを抜けて松之山に帰ってくると体がスーっと楽になる。空気が変わる。特に雪が降ると元気になるのよ。雪が汚染空気をきれいにしてくれるのかな。

Q : お客さんがたくさん来られると思いますが、反応は?

A : たくさん来るわよ。友人知人やそのまた友人知人など。みんな松之山が大好きになって、また来るわ。孫が7人居るけど、その孫達が来ると、ここは動物園かと思うくらい賑やかになる。都会のマンションでは大きな声は出せないから、ここに到着するとまず「わーっ」と大声を出すの。雪があればさらに子ども達は大喜びよ。ただ雪の中に解き放てばいいんだから。春休みも雪遊びをしに来る予定なの。地元の子も一緒に遊ぶんだけど、お互い会える日を楽しみにしてるのよ。

Q : 十日町で困ったことは何ですか?

A : 私が困るのは雪よりも道端に撒かれる除草剤。除草剤の季節は体の調子が悪くなり寝込んでしまうことが多い。あとは「ゴミ燃し」。これは地元の人の勤勉さのあらわれ。地元の人の中には今でも自分のゴミは、自分で始末するという昔からの日常を営む人もいる。その燃やすゴミの中にビニール袋など化学製品が混じっていたりすると、私の体は反応してしまう。
雪は大変だと思うけど機械の発達した時代になって移住したから。地元の人ほどおそれる気持ちはないと思う。それより夏の田んぼや畑のほうが感覚が身についてないから私にとってはしんどい。

Q : 十日町への移住を考えている方へアドバイスは?

A : 地元の人からよく教わることよ。そして「作る暮らし」が出来るようになると楽しい。ストーブ用の薪を割ったり、米や野菜を自分で作る。その暮らし方そのものが売りになって、都会の人を呼べる。初雪の茸狩りなんか楽しい。くり茸が雪にかくれていたり、ナメコが木の上にあったり。あと冬は寒く暮らす事が元気の元。暖房は薪ストーブと囲炉裏で綿入れを着て過ごせば快適よ。あと、こういう暮らしは経済と関係無いから、不景気だと言われても困らない。自分の家があって、水や食料や薪があり手間暇かければ、お金は必要ない。そんな暮らしを実感させてもらった。まさに目からウロコ。当地の暮らしに会えて感謝です。


中立山 木暮さんに聞きました

中立山 木暮さん 移住歴15年

Q : 松之山に移住されたきっかけは何でしたか?

A : こちらに来る前は東京でカメラマンとして働いていて、仕事で新潟にいくことがあって、たまたま405号線を通りかかったんです。1999年ですから15年前になります。夕暮れの中にかやぶき屋根の集落がたたずむ様子は何とも言えない美しさで、これぞ日本の原風景という感じでした。こんなきれいな場所があるのかと思いましたね。その当時は7棟のかやぶき屋根の家がありました。
それから新潟にいくたびにこの集落に通って、今住んでいる家のお隣の方と知り合いになりました。当時空き家になっていたこの家を値段によっては買ってしまおうかなと思って、大家さんを紹介してもらいました。東京で会ったのですが、これが偶然にも知り合いの知り合いで共通の友人がたくさんいたんです。それで家の話をしてみたら、「差し上げます」と言われ引くに引けなくなってしまって……。最低でも10年は住もうと思ってこちらに移ってきました。現在は2世帯になってしまって、空き家になった家を預かっている状況です。

Q : 住んでみて大変だなということはありましたか?

A : やっぱり雪ですね。移住する前に2冬をキャンプで過ごしてみたのですが、住むのはやっぱり大違い。ご近所の方が共同の屋根付きの車庫を使ったら?と提案してくれたんですが、大丈夫ですと言ってしまったんです。積もったらどかせばいいと思っていたんだけど、だんだんと雪の壁が出来て雪の捨て場所がなくなってしまうんですね。
それからお隣の家の方が秋になると玄関先に軒先を伸ばして通路を作る雁木(がんぎ)を作っていたんですが、その意味が冬になるまでわからなくて。自分の家はそうしなかったらある日大雪が降った朝玄関の戸が雪で開かなくなってしまって。地域の人たちが雪に対して準備していることはやらなくちゃと思いました。
かやぶきの屋根は半自然落雪で雪国に適した家なんだなと思います。現在3棟のかやぶき屋根の家をもっていますが、トタン屋根にくらべて雪を下す回数は少ないんですね。今は百姓とかやぶき屋根の修理を生業にしていますが、家の構造を見ると、「地産地消」型の住宅なんだなと思います。カヤも土壁の土も、もちろん木材もこのあたりのもので出来ていて、修繕もすぐに出来るというわけです。山間の集落では外から材料を持ってくる方が大変ですからとても理にかなっていますよね。
10年の間に集落の人が少なくなって用水路の管理とか草刈とか集落の維持が難しくなってきています。それが大変だなと感じますね。それ以外はパラダイス!

Q : どんなところがパラダイス!でしょう?

A : とにかく人がすばらしい。この集落の皆さんとの人間関係がすごくいいし、棚田の風景もブナ林も人の手があって美しく保たれているものでしょう。人が作ったすばらしい風景なんですよね。
去年の冬日の出の時間に散歩をしていて、一面雪に覆われた棚田に朝焼けがきれいな色を映していて、なんてきれいなんだと思いました。こんなすばらしいものが身近にある。夏は暑い中汗をながして田んぼや畑で作業をして、涼しい家の中で昼寝して、もう至福のときですよね。これ以上に何がいるのと思うくらい。
食べ物はおいしい、水は井戸水できれいだし、昼は明るい夜は暗い、夏は暑い冬は寒い、というごく当たり前だけど人が忘れがちなものがあるんですね。井戸水には時々ちっちゃいエビが入ってることがあって。エビは毒じゃないし水がきれいということなんだけど、そういうのは許されないような価値観が一方ではありますよね。人間も長いこと自然の中で暮らしてきたんだから、自然にまかせて暮らす方が絶対に体にいいと思うのですが。
この地域の人たちの笑顔がすごくきもちいいんです。自然で素敵な笑顔で、さりげない。この間雪の日にナステビュウ湯の山(温泉施設)の玄関でとってもいい光景を見てね。玄関にごみが落ちているのを「あらあら…」と言いながら自然に拾っているお母さんと、それを自然に見ているお父さんと。そういうことがすっと出来ちゃうことのすばらしさですね。問題が起きた時の解決方法がすごく穏やかで、権利をかざす人もいないし、全体で良くなるように話が進んでいくわけですね。こういう人間関係の在り方で穏やかに生活していけるんですね。
東京でマスコミで働いていたときは切った貼ったの世界で面白いものが出来ることもあるけど、そういう人間関係に疲れていたという部分もあります。こっちの暮らしはお互いの苦労をわかりあって、助け合うのが前提。さりげなくおこる思いやりが本当にすばらしいと思います。

Q : これから移住をしてみようかなと思っている方へメッセージを是非。

A : いろんな人がいていろんな移住のパターンがあるので、一概に言えないところもありますが、実は1棟移住者を迎え入れたいと思って修繕を進めてます。中立山に是非来てもらいたいですね。 その人へのメッセージということであれば、冬は長く、雪は深く、田んぼは小さいけど、かやぶきの家でヒューマンスケールの暮らし方ができるよと伝えたい。お金をかけずに豊かに暮らすことが可能だと思ってます。年収100万で暮らしていけるし、200万あれば子育ても安心してできる。よく考えたら昔は年金なんてなくたって誰も困らなかったわけで、子供やコミュニティが支えていたわけですよね。こういった山間地の暮らしにはそういう要素があります。コミュニティで支えあっているんですね。お金での解決ではない、人間関係での解決がある。
お金を稼ごうとおもったら町に暮らす方が有利ですが、百姓をやるには最高の立地です。大きな機械を買わなくなってできます。最近よく言われている半農半Xというのは、昔からずっと実践されていたんですよね。農閑期に出稼ぎにでたり、麹や豆腐を作って売ったり、これは今盛んに言われている6次産業ですね。目の前に田んぼがある環境だからできるんですよね。こういう暮らしだと円高とか円安とか関係ないんですね。不安定なものに立脚している世の中だから、地に足をつければのびのびと暮らしていけると思います。伝統的に古くから伝わっているものの安心感がありますね。古民家もいろりも棚田もいく百年も人の生活が続いてきたあかしです。
自分があと数十年くらせないはずがないなと感じます。ここに伝わってきた暮らし方に従うほうが生き残れると思います。小さい田んぼで手間かけて薬をなるべく使わないで自分の体力でできることは自分でやって、そうやっていけば慌てなくて済むのかなと思います。